経口困難で内服が続かない—貼付薬・座薬への切替で痛みの波が減った
ご自宅で療養されている患者様や、そのご家族にとって、毎日の「お薬」は命をつなぐ大切なものです。しかし、病状が進むにつれて飲み込む力(嚥下機能)が低下し、今まで通りにお薬が飲めなくなってしまうことがあります。
「薬を飲ませようとするとむせてしまい、苦しそうで見ていられない」
「口を開けてくれず、時間ばかりが過ぎてお互いに疲弊してしまう」
「薬が飲めていないせいで、痛みが強くなっている気がする」
このような悩みを抱えながら、なんとか口から飲ませようと必死に頑張っていらっしゃいませんか?実は、お薬には「飲む」以外にもたくさんの選択肢があります。
この記事では、飲み込みが難しくなってきた方でも安心して痛みの治療を続けられる「貼り薬」や「座薬」への切り替えについて、そのメリットや具体的な方法を解説します。無理なく痛みをコントロールし、穏やかな時間を過ごすためのヒントとなれば幸いです。
飲み込みが難しくなると起きる悪循環
お水やお食事が飲み込みにくくなるのと同様に、お薬、特に粉薬や大きな錠剤を飲み込むことは、患者様にとって大変な重労働になります。ここで無理をしてしまうと、さまざまなリスクや悪循環が生まれてしまいます。
無理な服薬は誤嚥や肺炎の原因に
飲み込む力が弱まっている状態で、無理にお水でお薬を流し込もうとすると、気管に入ってしまう「誤嚥(ごえん)」のリスクが高まります。これが原因で誤嚥性肺炎を引き起こすと、発熱や呼吸困難など、全身状態の悪化につながりかねません。
また、ご家族にとっても「失敗してむせさせてしまったらどうしよう」という緊張感は大きなストレスになります。毎食後の服薬介助が恐怖になってしまうケースも少なくありません。
薬が飲めないと痛みのコントロールが不安定になる
痛み止めの薬、特にがん性疼痛などの強い痛みを抑えるお薬は、体の中の薬の成分(血中濃度)を一定に保つことが非常に重要です。
「今日は調子が良いから飲めたけれど、昨日は半分吐き出してしまった」
「痛がっているけれど、薬を飲む体力がない」
このように服薬が不規則になると、体の中の薬の量が安定しません。その結果、急激に強い痛みが襲ってくる「痛みの波」が頻繁に現れるようになります。痛みが強いと体力が奪われ、さらに飲み込む力が弱くなるという悪循環に陥ってしまうのです。
「飲む」ことにこだわらなくて大丈夫です
「処方された薬は、必ず口から飲まなければならない」と思い込んでしまっている方は多いですが、現代の医療では、患者様の体の状態に合わせてさまざまな形のお薬(剤形)を選ぶことができます。
特に痛みの緩和に使われるお薬には、飲み薬以外にも優れた選択肢が用意されています。代表的なものが「貼り薬(貼付薬)」と「座薬」です。
一定の効果が続く「貼り薬」
胸や腕、背中などの皮膚に貼ることで、皮膚からゆっくりと薬の成分が吸収され、全身に効果を行き渡らせるタイプのお薬です。
貼り薬の最大の特徴は、一度貼ると長時間効果が持続することです。お薬の種類によって異なりますが、1日1回貼り替えるタイプや、3日に1回(72時間ごと)の貼り替えで済むタイプがあります。
皮膚から常に一定量の成分が吸収され続けるため、体の中の薬の濃度が安定しやすく、痛みの波を抑えるのに非常に適しています。「薬を飲む」という行為そのものをなくすことができるため、ご本人にとっても、介助するご家族にとっても、負担が劇的に軽くなります。
即効性が期待できる「座薬」
肛門から挿入するタイプのお薬です。直腸の粘膜から成分が吸収されるため、飲み薬に比べて効果が現れるのが早いという特徴があります。
座薬は主に、急な痛みが出たとき(突出痛)の「レスキュー」として使われることが多いです。普段は貼り薬でベースの痛みを抑えつつ、急に痛みが強くなったときだけ座薬を使う、といった組み合わせも一般的です。
ご家族が座薬を入れることに抵抗がある場合もあるかもしれませんが、訪問看護師や医師からコツをお伝えすることで、スムーズに行えるようになることがほとんどです。
お薬の切り替えで期待できる変化
飲み薬から、貼り薬や座薬へ切り替えることは、単に「薬の形が変わる」だけではありません。患者様とご家族の生活の質(QOL)を大きく改善する可能性があります。
痛みの波が減り、穏やかな時間が増える
先ほど触れたように、貼り薬は薬の成分がゆっくりと一定のスピードで体に入り続けます。飲み薬のように「飲んだ直後は効きすぎて眠くなり、時間が経つと効果が切れて痛くなる」というアップダウンが少なくなります。
痛みの波が平坦になれば、夜もぐっすりと眠れるようになり、日中も穏やかな表情で過ごせる時間が増えます。痛みによる苦痛が減ることは、ご本人の安心感に直結します。
「飲ませなきゃ」というプレッシャーからの解放
介護をされるご家族にとって、薬を飲ませられないことは、「自分のせいで痛い思いをさせているのではないか」という罪悪感につながりがちです。
貼り薬であれば、お着替えや清拭(体を拭くこと)のタイミングで貼り替えるだけで済みます。「ちゃんと飲めたかな?」「吐き出してないかな?」と口の中を確認する必要もありません。
「薬の時間」が「苦痛な作業の時間」ではなく、肌に触れてケアをする「コミュニケーションの時間」に変わることは、在宅療養を長く続けていく上でとても大切なポイントです。
訪問診療だからこそできる、きめ細やかな調整
お薬の切り替えを検討する際、病院の外来通院では、ご自宅での本当の様子(どれくらい飲み込みにくいのか、誰がいつ薬を管理しているのかなど)が医師に伝わりにくいことがあります。
訪問診療の強みは、医師や看護師が実際に患者様の生活の場に伺う点にあります。
生活スタイルに合わせた処方の提案
訪問診療では、患者様の飲み込む力を直接確認し、ご家族の介護力や生活リズムも把握した上で、最適なお薬のタイプを提案します。
例えば、皮膚が弱くて貼り薬でどうしてもかぶれてしまう方には、また別の方法を考えたり、保湿剤を併用したりと、きめ細やかな対応が可能です。また、お風呂の頻度や、訪問看護が入る曜日に合わせて、貼り替えのスケジュールを組むこともできます。
変化する症状への柔軟な対応
病状は日々変化します。「先週までは飲めていたものが、今週は難しい」ということも珍しくありません。
定期的に訪問している医師であれば、そうした変化をいち早く察知し、「そろそろ貼り薬に変えてみましょうか」とタイミングよく切り替えを提案できます。痛みが強くなってから慌てるのではなく、先回りして対策をとることで、苦痛を最小限に抑えることができるのです。
まとめ
「薬が飲めない」ことは、決して治療の限界や終わりを意味するものではありません。むしろ、より体に負担の少ない、新しい治療方法へ切り替えるタイミングだと言えます。
貼り薬や座薬を上手に活用することで、痛みのコントロールが安定し、ご本人もご家族も、より安楽に過ごせるようになるケースは数多くあります。
「まだ少しは飲めるから」と我慢せず、飲み込みにくさや服薬の負担を感じたら、早めにご相談ください。私たちと一緒に、一番楽で、安心できる方法を見つけていきましょう。いつでもお力になります。

