乳がん骨転移の夜間痛—オピオイドの見直しで眠れる夜が戻った
乳がんの治療を続けていく中で、骨への転移が見つかることは決して珍しいことではありません。しかし、そこで多くの患者様を悩ませるのが「痛み」、特に夜間に強くなる痛みです。
「昼間はどうにか過ごせるけれど、夜になると痛みが強くて眠れない」
「痛み止めを使っているのに、夜中何度も目が覚めてしまう」
このような状態が続くと、体力が奪われるだけでなく、気持ちまで落ち込んでしまうことでしょう。ご家族にとっても、痛みに苦しむ姿を見るのは大変つらいものです。
しかし、この痛みは「がんが進行しているから仕方がない」と諦めるべきものではありません。現在使用している痛み止め、特に「オピオイド(医療用麻薬)」の種類や量、使い方を見直すことで、痛みを大幅に和らげ、再び穏やかに眠れる夜を取り戻せる可能性があります。
この記事では、なぜ夜間に痛みが強くなるのか、そしてどのように薬を調整していけば良いのかについて、在宅医療の視点から分かりやすく解説します。
夜になると痛みが強くなるのはなぜ?
そもそも、なぜ昼間に比べて夜になると痛みを強く感じるのでしょうか。これには身体的な理由と心理的な理由の双方が関係しています。
骨転移による痛みのメカニズム
骨転移による痛みには、大きく分けて二つの種類があります。一つは体を動かしたときに痛む「体動時痛」、もう一つは安静にしていても痛む「安静時痛」です。
夜間の痛みは主に後者の「安静時痛」が影響していますが、それだけではありません。日中の活動で骨や周囲の筋肉にかかった負担が、夜になって炎症や浮腫(むくみ)として現れ、痛みを増強させることがあります。また、骨を覆っている骨膜は非常に敏感なため、少しの刺激や内圧の変化でも強い痛みを感じ取ってしまいます。
静寂と不安が痛みを増幅させる
夜間は周囲が静かになり、視覚や聴覚からの情報が減るため、脳が「痛み」の信号に集中しやすくなります。昼間なら気が紛れていた程度の痛みでも、夜の静けさの中では鋭く感じられるのです。
さらに、副交感神経が優位になる夜間は、痛みに対して敏感になる傾向があります。「このまま痛みがひどくなったらどうしよう」「病状が悪化しているのではないか」という不安感も、痛みの感受性を高める大きな要因となります。このように、夜間の痛みは身体的な要因と精神的な要因が複雑に絡み合っているのです。
オピオイド(医療用麻薬)の正しい見直し方
がんの痛みが強くなると、主治医から「オピオイド」と呼ばれる医療用麻薬が処方されることが一般的です。「麻薬」という言葉に怖いイメージを持つ方もいらっしゃいますが、医師の管理下で正しく使用すれば、中毒になることはなく、安全に痛みを抑えることができる非常に重要な薬です。
もし現在、オピオイドを使用しているにもかかわらず夜間の痛みが取れない場合は、薬の使い方が現在の痛みの状態に合っていない可能性があります。
ベースの薬とレスキュー薬のバランス
痛みの治療には、一日中持続的に効かせる「ベースの薬(定時薬)」と、急な痛みに対応するための「レスキュー薬(頓服薬)」の二つを組み合わせます。
夜間に痛くて目が覚めてしまう場合、ベースの薬の効果が朝まで持続していないか、あるいは量が足りていないことが考えられます。このようなときは、寝る前の薬の量を増やしたり、薬の種類を長時間作用型のものに変更したりする検討が必要です。
また、レスキュー薬を使わずに痛みを我慢してしまう患者様も少なくありません。「使いすぎると効かなくなるのでは」と心配される方もいますが、我慢して痛みがピークに達してから使うよりも、痛み始めに早めに使用する方が効果的です。レスキュー薬を適切に使い、その使用回数やタイミングを医師に伝えることが、より良い処方調整への第一歩となります。
オピオイドの種類を変更する(オピオイド・ローテーション)
オピオイドには、モルヒネ、オキシコドン、フェンタニルなど、いくつかの種類があります。人によって薬との相性があり、「Aという薬では吐き気が強くて量を増やせなかったが、Bという薬に変えたら副作用なく痛みが取れた」というケースはよくあります。
特に、飲み薬(内服薬)の管理が難しくなってきた場合や、消化器症状が強い場合には、皮膚に貼るタイプの貼り薬(貼付剤)に変更することで、血中の薬物濃度が安定し、夜間の痛みがコントロールしやすくなることがあります。これを「オピオイド・ローテーション」と呼びます。
眠れる夜を取り戻すための包括的なアプローチ
薬の見直しは非常に重要ですが、それだけで全てが解決するわけではありません。生活環境や補助的な薬を組み合わせることで、さらに痛みの緩和を目指します。
鎮痛補助薬の活用
骨転移の痛みは、神経が障害されることによる「神経障害性疼痛」が混ざっていることが多く、オピオイドだけでは完全に取り除けないことがあります。
そのような場合には、「鎮痛補助薬」と呼ばれる種類の薬を併用します。これは、痛みの信号が脳に伝わるのを抑える働きをする薬です。特に夜間の痛みが「ビリビリ」「ジンジン」といった感覚を伴う場合、これらの薬を追加することで、痛みが劇的に改善し、睡眠の質が向上することがあります。
睡眠と姿勢のケア
痛くて眠れないのか、眠れないから痛みが気になるのか、この悪循環を断ち切ることも大切です。場合によっては、睡眠薬を適切に使用してしっかりと脳を休ませることが、結果として痛みの軽減につながります。
また、寝ている時の姿勢(ポジショニング)も重要です。クッションを使って患部への圧迫を避けたり、体圧を分散させたりするだけで、夜間の苦痛が和らぐことがあります。これらは、看護師や理学療法士などの専門家がご自宅のベッド環境を見て、具体的なアドバイスを行うことができます。
訪問診療だからできる「きめ細やかな」調整
通院での診療では、どうしても「次回の診察まで様子を見る」という期間が長くなりがちです。しかし、痛みは日々変化し、特に夜間の辛さは診察室では伝えきれないこともあります。
訪問診療(在宅医療)の大きな強みは、患者様が一番リラックスできるご自宅での様子を医師や看護師が直接確認できる点です。
- 実際の睡眠環境の確認: 寝室の環境やベッドの硬さ、枕の位置などを実際に見て、痛みを誘発している要因がないか確認できます。
- ご家族へのサポート: レスキュー薬を使うタイミングや、痛がっている時のさすり方など、ご家族ができるケアを具体的にお伝えできます。
- 迅速な薬の調整: 通院の負担なく、電話での相談や臨時の往診を通じて、痛みの状況に合わせた細やかな薬の調整が可能です。
「今日は少し調子が悪いから薬を調整してほしい」「昨夜は痛かったから対処法を知りたい」といったご相談に、24時間365日の体制で応じることができるのが、在宅療養支援診療所の役割です。
まとめ
乳がんの骨転移による夜間の痛みは、我慢する必要のない痛みです。「薬を使っても痛いのは仕方ない」と思わず、まずは「夜、痛くて眠れない」という事実を医療者に伝えてください。
オピオイドの種類や量の見直し、鎮痛補助薬の活用、そして療養環境の調整によって、痛みから解放され、安心して眠れる夜はきっと戻ってきます。
患者様ご本人が穏やかな時間を過ごせること、そして支えるご家族が安心して見守れることが何より大切です。通院が大変になってきた、もっと細かく痛みの相談をしたいと感じていらっしゃるなら、ぜひ一度、訪問診療の導入を検討してみてください。
私たちは、痛みを取り除くだけでなく、患者様らしい生活を支えるパートナーとして、いつでもご相談をお待ちしております。

