訪問診療コラム

膵臓がんの強い痛みと食欲低下—持続投与と栄養支援で「食べたい」を叶えられた

膵臓がんと診断され、治療を続ける中で、最も多くの患者様やご家族を悩ませるのが「痛み」と「食事がとれないこと」です。特に膵臓がんは、他のがんに比べても痛みが強く出やすいと言われており、それに加えて吐き気や腹部の張りによって食欲が奪われてしまうことが少なくありません。

「家に帰りたいけれど、この痛みを自宅で管理できるのだろうか」

「もう少しだけでも、好きなものを口から食べさせてあげたい」

そのような切実な願いを抱えながら、不安な日々を過ごされている方もいらっしゃるかもしれません。しかし、医療技術や在宅ケアの進歩により、自宅であっても病院と同じように痛みをコントロールし、その人らしく食事を楽しむ時間を支えることは十分に可能です。

この記事では、膵臓がん特有の痛みに対する「持続的なお薬の投与方法」と、食欲が落ちてしまったときの「栄養支援」について、在宅医療の視点から解説します。痛みを取り除いた先に、「食べたい」という希望をどう叶えていくか、一緒に考えていきましょう。

膵臓がんの「痛み」をコントロールする在宅での工夫

膵臓がんの療養生活において、痛みのコントロール(緩和ケア)は、生活の質を保つための土台となります。痛みが強ければ、動くことも、眠ることも、そして食べることもできなくなってしまうからです。ご自宅でどのように痛みに対応していくのか、具体的な方法をお伝えします。

なぜ膵臓がんは痛みが強いのか

膵臓は身体の深部、背中側に位置しており、周囲には「神経叢(しんけいそう)」と呼ばれる神経の束がたくさん走っています。がんが進行すると、これらの神経に浸潤(しんじゅん)しやすいため、背中やみぞおちに強い痛みや重苦しさを感じることが多くなります。

また、膵臓で作られる消化液の流れが悪くなることで起きる痛みや、腸の動きが鈍くなることによる腹部の不快感なども重なることがあります。こうした痛みは我慢して解決するものではありません。早めに対処することで、身体への負担を減らし、穏やかな時間を守ることにつながります。

飲み薬が難しい場合の「持続投与」という選択肢

痛みを和らげるためには、医療用麻薬などの鎮痛薬を使用するのが一般的です。しかし、膵臓がんの患者様の場合、吐き気や腸閉塞(腸の通過障害)の影響で、口からお薬を飲むことが難しくなるケースがあります。また、飲み薬だけでは痛みの波を抑えきれないこともあります。

そのような場合に、在宅医療でよく選択されるのが「持続皮下注射」という方法です。これは、携帯型の小さなポンプを使用し、24時間かけてゆっくりと一定量のお薬を皮膚の下に注入する方法です。

針は柔らかい樹脂製のものを使用するため、一度留置してしまえば痛みや違和感はほとんどありません。血管確保(点滴)とは異なり、管理が容易で、ご自宅でも安全に使用できます。常に一定の濃度でお薬が身体に入るため、痛みの波が穏やかになりやすく、急な痛みの悪化を防ぐ効果も期待できます。

自宅で医療用麻薬を使うことへの不安を解消

「自宅で麻薬を使うなんて怖くないですか?」「管理が難しそう」と心配されるご家族は非常に多いです。しかし、医療用麻薬は、医師の指導のもと適切に使用すれば、中毒になったり、寿命を縮めたりするようなことはありません。むしろ、痛みによる体力の消耗を防ぐために必要不可欠なものです。

在宅医療では、訪問看護師や薬剤師が定期的に訪問し、お薬の残量管理や機器のチェックを行います。ご家族に行っていただく操作は最小限に抑えられており、何かあれば24時間365日いつでも連絡がつく体制を整えています。専門家がチームで支えますので、安心して頼ってください。

「食べたい」気持ちに寄り添う栄養支援

痛みが和らいでくると、ふと「何かが食べたい」という意欲が湧いてくることがあります。たとえ一口であっても、好きなものを味わうことは生きる力になります。ここでは、食欲低下に対する考え方と具体的な支援について解説します。

食欲低下の原因と無理に食べさせないことの重要性

膵臓がんの患者様が食べられなくなる原因はさまざまです。消化機能の低下、がんそのものが放出する物質による代謝の変化、そしてお薬の副作用などが複雑に関係しています。

ご家族としては「食べて元気になってほしい」という愛情から、つい食事を勧めてしまいがちです。しかし、身体が食べ物を受け付けない状態で無理に食事をとると、かえって吐き気や腹痛を引き起こし、患者様を苦しめてしまうことがあります。「食べられないこと」は病気の症状の一つであり、ご本人の努力不足やご家族の工夫不足ではありません。まずは焦らず、今の身体の状態を受け入れることが大切です。

少量でも満足できる食事の工夫と栄養補助

食欲がないときは、「栄養バランス」よりも「食べやすさ」と「嗜好(好み)」を最優先します。

たとえば、温かい食事のにおいが吐き気を誘発する場合は、冷たいゼリーやアイスクリーム、果物などを試してみます。また、1日3食にこだわらず、体調が良いタイミングで少量ずつ食べる「分食」も有効です。

訪問診療では、管理栄養士がご自宅を訪問し、患者様の好みに合わせた調理の工夫や、飲み込みやすい食事形態のアドバイスを行うことも可能です。高カロリーの栄養補助食品(ドリンクやゼリー)を上手に活用し、少量でもエネルギーを補給できるようサポートします。季節の食材を裏ごししたり、思い出の味を再現したりと、工夫次第で「食べる喜び」を取り戻せる場面はたくさんあります。

点滴と経口摂取のバランス

口からの摂取だけでは水分や栄養が不足する場合、点滴(輸液)を併用します。ただし、点滴の量が多すぎると、身体がむくんだり、腹水や胸水が増えて苦しくなったりするリスクもあります。これを「過剰輸液」と呼びます。

特に終末期に近づくにつれて、身体が必要とする水分量は減っていきます。医学的な観点からは、点滴を減らしたほうが身体が楽になり、結果として吐き気が治まって、再び口から少し食べられるようになるケースも珍しくありません。

「点滴をしていないと心配」というお気持ちは痛いほど分かりますが、医師と相談しながら、その時の身体の状態に最適な水分・栄養バランスを見極めることが、苦痛のない生活につながります。

訪問診療だからこそできる、最期まで自分らしく過ごすサポート

病院とは異なり、住み慣れた自宅は、患者様が最もリラックスできる場所です。訪問診療では、医療機器や薬剤を持ち込むだけでなく、その人らしい生活を守るための環境づくりをお手伝いします。

医師・看護師・薬剤師・管理栄養士のチーム連携

膵臓がんの在宅療養は、痛みのケア、食事のケア、心のケアなど、多角的なアプローチが必要です。そのため、訪問診療クリニックの医師だけでなく、訪問看護師、薬剤師、ケアマネジャー、管理栄養士などが一つのチームとなって患者様を支えます。

例えば、痛みが強くて食事が進まない場合、医師が鎮痛薬(持続投与など)を調整し、薬剤師が副作用対策を提案し、管理栄養士がその時の状態でも食べやすいメニューを考える、といった連携がスムーズに行われます。情報共有を密に行うことで、日々の体調変化に即座に対応できるのが在宅チーム医療の強みです。

ご家族の不安を支える体制

在宅療養は、患者様ご本人だけでなく、支えるご家族にとっても大きな挑戦です。「夜中に痛がったらどうしよう」「こんな時は救急車を呼ぶべき?」といった不安は尽きないことでしょう。

私たちが目指しているのは、ご家族だけで抱え込まない在宅医療です。夜間や休日でも連絡がつながる連絡先をお渡しし、必要であれば緊急往診も行います。ご家族が安心して介護できる環境があって初めて、患者様も安心して過ごすことができます。どんな些細なことでも、私たち医療スタッフに投げかけてください。

まとめ

膵臓がんによる強い痛みや食欲不振は、適切な医療的介入によって和らげることが可能です。特に、携帯型ポンプを用いたお薬の持続投与は、痛みの波を抑え、穏やかな日常を取り戻すための有効な手段となります。

痛みがコントロールされれば、「食べたい」という意欲が戻ってくることもあります。たとえ以前と同じ量は食べられなくても、好きな味を一口楽しむ、家族と同じ食卓を囲む、といった時間は何物にも代えがたい幸福です。

「もう病院ではやれることがないと言われた」

「痛みが強くて家に帰るのが怖い」

そう思われている方こそ、ぜひ一度、訪問診療クリニックにご相談ください。住み慣れた場所で、痛みなく、自分らしく過ごす方法を一緒に探していきましょう。私たちは、患者様とご家族の「叶えたい」という想いに、全力で寄り添います。

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