肺がんで息苦しさが強い—在宅酸素と鎮痛薬調整で家族との会話の時間が増えた
肺がんの治療を続けている中で、あるいは経過観察をしている中で、「最近、動くとすぐに息が切れる」「横になっているだけでも息苦しさを感じる」といった症状にお悩みではありませんか。
ご本人にとって、息ができない苦しさは言葉にできないほどの恐怖や不安を伴うものです。また、その背中をさすることしかできないご家族にとっても、辛そうな姿を見るのは非常に心苦しいことだと思います。「このまま自宅で過ごさせてあげたいけれど、こんなに苦しそうなら入院させた方がいいのだろうか」と迷われている方も少なくありません。
しかし、病院でなければ呼吸の苦しさを和らげられないわけではありません。訪問診療を利用し、適切な「在宅酸素療法」や「鎮痛薬の調整」を行うことで、ご自宅でも苦痛を緩和し、穏やかな時間を取り戻すことは十分に可能です。
この記事では、肺がんによる息苦しさの原因と、自宅でできる医療的な対処法、そしてそれによってどのように生活の質が変化するのかについて解説します。
肺がんによる「息苦しさ」と向き合うために
まずは、なぜ息苦しさが生じるのか、そしてその苦しさは「我慢すべきもの」ではないことを理解することが大切です。
息苦しさが起こる主な原因
肺がんの進行に伴って生じる息苦しさ(呼吸困難感)には、いくつかの原因が考えられます。
一つは、がん自体が気管支を狭めたり、肺の機能を低下させたりすることで、十分な酸素を取り込めなくなるケースです。また、胸水(胸に水がたまること)によって肺が圧迫され、肺が十分に膨らまなくなることもあります。
さらに、がんの影響だけでなく、体力低下による筋力の衰えや、貧血、あるいは不安や精神的なストレスが呼吸のリズムを乱し、実際の酸素不足以上に息苦しさを強く感じさせてしまうこともあります。これらが複雑に絡み合って、患者様を苦しめているのです。
「つらさ」は我慢しなくていい症状です
多くの患者様は「病気だから仕方がない」「これくらいは我慢しなければ」と考えてしまいがちです。しかし、緩和ケアの考え方において、痛みや息苦しさは我慢するものではなく、積極的に取り除くべき対象です。
苦痛が強い状態では、食事をとることも、夜眠ることも、そして家族と話をすることさえ億劫になってしまいます。これでは体力も気力も奪われていく一方です。逆に言えば、この「苦痛」さえ緩和できれば、ご本人が本来持っている生きる力を支え、ご家族との大切な時間を守ることができるのです。
自宅でできる医療的なアプローチ
「自宅で専門的な処置ができるのか」と不安に思われるかもしれませんが、訪問診療では病院とほぼ同等の緩和ケアを提供することができます。特に息苦しさに対しては、主に「酸素」と「お薬」の2つの柱で対応します。
在宅酸素療法で呼吸をサポートする
血液中の酸素濃度が低下している場合には、在宅酸素療法(HOT)が非常に有効です。これは、ご自宅に酸素濃縮装置という機械を設置し、そこから伸びる細いチューブ(カニューラ)を鼻に通して、高濃度の酸素を吸入する方法です。
機械といっても、家庭用電源で動くコンパクトなものが多く、操作も難しくありません。外出時には携帯用の酸素ボンベを使用することで、散歩や通院も可能です。
酸素を吸入することで、呼吸をするために使っていた余計な体力が温存され、日常生活の動作が楽になります。「トイレに行くだけで息が上がっていたのが、酸素をつけると落ち着いてできるようになった」という変化はよく見られます。
お薬の調整で呼吸を楽にする
酸素の数値(SpO2)はそれほど悪くないのに、本人が強い息苦しさを訴える場合があります。このような感覚的な苦しさに対しては、お薬によるコントロールが効果を発揮します。
ここでよく使われるのが、医療用麻薬(鎮痛薬)の一種であるモルヒネなどのオピオイド鎮痛薬です。「麻薬」と聞くと、「中毒になるのではないか」「意識がなくなるのではないか」「最期のときだけに使う薬ではないか」と怖がられる患者様やご家族がいらっしゃいますが、それは誤解です。
医療用麻薬には、痛みを取るだけでなく、脳が感じている「息苦しい」という感覚を和らげ、呼吸のリズムを整えて楽にする作用があります。専門医が適切な量を調整して使用すれば、中毒になることはまずありませんし、意識を保ったまま苦痛だけを和らげることができます。
少量から開始し、ご本人の様子を細かく観察しながら量を調整することで、眠気などの副作用を抑えつつ、呼吸が楽になるポイントを見つけていきます。
環境調整やケアの工夫
医療機器や薬だけでなく、日々のケアでも楽にできることがあります。
例えば、上半身を少し起こした姿勢(ギャッジアップ)をとることで横隔膜が下がり、呼吸がしやすくなることがあります。また、クッションを抱えたり、背中をさすってリラックスを促したりすることも有効です。
部屋の換気を行い、風通しを良くする、あるいは扇風機で顔にそよ風を当てるだけでも、感覚的な息苦しさが和らぐことが知られています。訪問看護師や医師は、こうした生活上の工夫についてもアドバイスを行います。
在宅医療で取り戻せる「家族との時間」
適切な緩和ケアを行い、身体的な苦痛が取り除かれると、患者様の生活の質は大きく変わります。
会話ができるようになることの意味
息苦しさが強いときは、一言二言話すだけでも体力を消耗するため、自然と口数が減り、表情も険しくなりがちです。ご家族が話しかけても、うなずくのが精一杯という状況も珍しくありません。
しかし、在宅酸素や鎮痛薬によって呼吸が整うと、再び会話ができる余裕が生まれます。「苦しい」という感覚に支配されていた意識が解放され、目の前の家族や、窓の外の景色、テレビの内容などに目を向けることができるようになります。
「今日は天気がいいね」「ご飯がおいしいね」といった何気ない会話ができるようになることは、患者様ご本人の孤独感を癒やすだけでなく、見守るご家族にとっても大きな救いとなります。
自分らしいリズムで過ごす
病院ではどうしても面会時間や消灯時間などの制限がありますが、自宅であれば、ご本人のペースで過ごすことができます。お孫さんの声を聞きながら昼寝をしたり、好きな音楽を流したり、ペットと触れ合ったりすることも自由です。
身体的なつらさが緩和されれば、残された時間を「病気と闘う苦しい時間」としてではなく、「家族と共に過ごす穏やかな時間」として重ねていくことができます。訪問診療の目的は、単に延命することではなく、そのような豊かな時間を一日でも多く作ることにあるのです。
不安なときは訪問診療クリニックへご相談を
在宅での療養には、ご家族の協力が不可欠ですが、ご家族だけで全てを抱え込む必要はありません。私たちのような訪問診療クリニックが、チームとなって支えます。
24時間365日のサポート体制
自宅で酸素を使ったり、医療用麻薬を使ったりすることに、「夜中に具合が悪くなったらどうしよう」「機械が止まったらどうしよう」という不安を感じる方もいらっしゃるでしょう。
多くの訪問診療クリニックでは、24時間365日の連絡体制を整えています。夜間や休日であっても、電話で医師や看護師に相談ができ、必要であれば緊急往診も行います。また、酸素機器のトラブルについても、提携業者が迅速に対応する体制が整っています。
「何かあってもすぐに連絡がつく専門家がいる」という安心感こそが、在宅療養を継続する上で最も大切な鎮痛剤かもしれません。
まとめ
「今はまだ通院できているけれど、将来が不安」「入院中だが、家に帰りたいと本人が言っている」など、どのような段階でも構いません。
息苦しさや痛みのコントロールは、早めに対処するほど、その後の生活の質を高く保つことができます。我慢を重ねて体力を消耗してしまう前に、緩和ケアの専門知識を持つ医師にご相談ください。
訪問診療を導入するかどうかまだ決めていなくても、相談だけで問題の解決策が見つかることもあります。患者様が一日でも長く、笑顔でご家族との会話を楽しめるよう、私たちが全力でサポートいたします。どうぞお気軽にお問い合わせください。

