訪問診療コラム

在宅での看取りを希望した消化器がん—疼痛コントロールと訪問看護連携で自宅で穏やかに最期を迎えられた

「住み慣れた自宅で、家族と一緒に最期まで過ごしたい」

消化器がんの治療を続けてこられた患者様やご家族の中で、このような想いを抱く方は少なくありません。しかし同時に、「自宅で痛みが強くなったらどうしよう」「家族だけで看病できるのだろうか」という大きな不安も感じていらっしゃることでしょう。特に消化器がんの場合、お腹の張りや痛み、食事の問題などが生じやすいため、医療処置への懸念は尽きないものです。

結論から申し上げますと、適切な「疼痛コントロール(痛みの緩和)」と、医師・訪問看護師による「密な連携」があれば、自宅でも苦痛を和らげ、穏やかな時間を過ごすことは十分に可能です。

この記事では、消化器がんの患者様が在宅療養を選択された際、どのように痛みを管理し、どのようなサポート体制で最期を迎えることができるのかについて、具体的な仕組みと実際の流れを解説します。

消化器がん患者様が自宅で過ごすための「疼痛コントロール」

在宅での看取りを検討する際、最も大きなハードルとなるのが「痛み」への恐怖です。病院にいなければ痛みを止められないのではないか、と心配されるご家族は多いですが、在宅医療においても病院と同等の緩和ケアを行うことができます。

消化器がん特有の「痛み」や「苦しさ」への対応

消化器がん(胃がん、大腸がん、膵臓がんなど)が進行すると、腫瘍が神経を圧迫したり、消化管が詰まったりすることによる痛みやお腹の張り、吐き気などが生じることがあります。

訪問診療では、これらの症状に合わせてきめ細やかな薬の調整を行います。単に痛み止めを使うだけでなく、吐き気止めやお腹の動きを調整する薬を組み合わせることで、身体的な不快感を総合的に和らげます。また、お腹に水が溜まる腹水による苦しさがある場合でも、利尿剤の調整や、状況によっては在宅での腹水穿刺(水を抜く処置)を行うなどして、苦痛の緩和を図ります。

医療用麻薬の適切な使用と管理について

がんの痛みをコントロールするために、医療用麻薬を使用することがあります。「麻薬」という言葉に怖いイメージを持たれる方もいらっしゃいますが、痛みがある状態で適切に使用する場合、中毒になったり、寿命を縮めたりすることはありません。目的はあくまで「痛みを日常会話ができる程度まで和らげること」です。

在宅医療では、飲み薬だけでなく、皮膚に貼るタイプのフェントステープや、座薬など、患者様の状態に合わせて使いやすい形状の薬を選択します。飲み込みが難しくなってきた場合でも、貼るタイプの薬であれば、ご家族が交換することで安定した鎮痛効果を得ることが可能です。

点滴や皮下注射など、状況に合わせた投与経路の選択

病状が進行し、口から薬を飲むことが難しくなった場合や、痛みの変動が大きい場合には、皮下注射や持続点滴を用いて痛みのコントロールを行います。

例えば、携帯型の小型ポンプを使用することで、24時間持続的に痛み止めを体内に送り込むことができます。このポンプには、急な痛みが出た際に患者様ご自身やご家族がボタンを押すことで、安全な範囲内で薬を追加できる機能(レスキュー機能)がついているものもあります。

これにより、夜間や早朝に痛みが強くなったとしても、医師や看護師の到着を待つことなく、即座に対応することが可能です。このような機器の管理も、訪問診療医と訪問看護師が定期的に確認しますので、ご自宅でも安心して使用していただけます。

「訪問看護」との密な連携が支える在宅療養

在宅での看取りを成功させる鍵は、医師による診療だけでなく、日々の生活を支える「訪問看護」との連携にあります。医師と看護師がチームとなって動くことで、病院にいるような安心感を自宅に持ち込むことができます。

24時間365日の連絡体制と緊急時の対応

訪問診療と訪問看護を導入すると、24時間365日、いつでも医療者に連絡が取れる体制が整います。

「夜中に熱が出た」「急に苦しみだした」といった緊急時には、まず訪問看護ステーションの緊急連絡先に電話をします。状況を聞き取った看護師が、必要に応じて緊急訪問を行ったり、主治医と連絡を取り合って指示を仰いだりします。

ご家族だけで判断に迷う場面でも、電話一本で専門家と繋がる環境は、精神的な大きな支えとなります。医師も、夜間・休日を問わず、看護師からの報告を受けて往診が必要かどうかを判断し、迅速に対応します。

ご家族の不安を軽減するためのケアと指導

訪問看護師の役割は、患者様の医療処置だけではありません。ご家族の介護負担を軽減するためのケアや指導も重要な仕事です。

例えば、身体の向きを変える方法、おむつ交換のコツ、口の中を清潔に保つ方法など、具体的な介護技術をお伝えします。また、看取りが近づいてくると、呼吸の状態が変わったり、意識がぼんやりしてきたりといった変化が現れます。こうした変化をご家族が目の当たりにした際、それが「自然な経過」であることを説明し、どのように寄り添えばよいかをアドバイスします。

「これで合っているのだろうか」というご家族の不安を一つひとつ解消していくことが、穏やかな看取りには欠かせません。

医師と看護師の情報共有が生む安心感

訪問診療医は通常、月2回程度の訪問ですが、訪問看護師は週に数回、あるいは毎日のように訪問することもあります。看護師がキャッチした「食欲が少し落ちている」「薬が飲みづらそうだ」「ご家族が疲れているようだ」といった細かな情報は、すぐに医師に共有されます。

この情報共有があるからこそ、医師は次回の診察を待たずに薬の処方を変更したり、訪問回数を増やしたりといった先回りの対応が可能になります。複数の職種が一人の患者様をチームで見守る体制こそが、在宅医療の強みです。

自宅で穏やかに最期を迎えるための準備と心構え

消化器がんの終末期において、自宅で穏やかな最期を迎えるためには、心の準備と環境の整備も大切です。

予後の予測と変化への対応

がんと共に生きる時間には限りがあります。医師は、医学的な見地から予測される経過を、患者様とご家族に丁寧にお伝えします。

「これからどのような症状が出る可能性があるのか」「その時、どのような対応ができるのか」を事前に知っておくことで、いざその時が来てもパニックにならず、落ち着いて対応することができます。例えば、消化器がんでは腸閉塞などのリスクも考慮し、食事が摂れなくなった場合の点滴の考え方なども、あらかじめ話し合っておくことが重要です。

「何もしない」のではなく「安楽に過ごす」ための医療

在宅での看取りを選択することは、治療を諦めることではありません。積極的な抗がん剤治療などは行わないかもしれませんが、「苦痛を取り除くための医療」は最期の瞬間まで続きます。

無理な延命処置を行わず、自然な形での最期を望まれる場合、医療の役割は「不快な症状を取り除き、ご本人がその人らしく過ごせる時間を守る」ことにシフトします。ご家族に囲まれ、好きな音楽を聴き、住み慣れた部屋の匂いの中で過ごす時間。それは病院では得難い、かけがえのない安らぎとなります。

ご家族にとっても、「してあげられることがある」という実感は、大切な方を送った後のグリーフケア(悲嘆からの回復)においても大きな意味を持ちます。

まとめ

消化器がんの患者様が在宅での看取りを希望される場合、痛みや急変への不安はつきものです。しかし、在宅医療における「疼痛コントロール」の技術は進歩しており、医療用麻薬や皮下注射などを適切に用いることで、病院と変わらない緩和ケアを受けることができます。

そして、その療養生活を支えるのが、訪問診療医と訪問看護師によるチーム医療です。24時間の連絡体制と密な連携により、ご本人だけでなく、支えるご家族の不安にも寄り添います。

「自宅で最期を迎えたい」という願いを叶えるために、決してご家族だけで抱え込む必要はありません。専門知識を持った医療スタッフが、その想いを全力でサポートいたします。

当院では、患者様とご家族が安心して過ごせるよう、地域の訪問看護ステーションとも深く連携し、お一人おひとりの状況に合わせた在宅医療を提供しています。ご自宅での療養について、少しでも疑問や不安がございましたら、まずはお気軽にご相談ください。

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