在宅での看取りを希望—ACP(人生会議)と多職種連携で自宅で最期を迎えた
住み慣れた我が家で、最期の瞬間まで自分らしく過ごしたい。そう願う患者様や、その想いを叶えてあげたいと考えるご家族が増えています。病院ではなく自宅で最期を迎える「在宅での看取り」は、決して特別なことではありません。
しかし、いざ現実に直面すると、「本当に自宅で痛みのケアができるのだろうか」「急変したら家族だけで対応できるのか」といった不安が押し寄せてくることも少なくありません。
自宅での穏やかな最期を実現するために最も大切な鍵となるのが、「ACP(人生会議)」と、地域の医療・介護専門職による「多職種連携」です。
この記事では、ご本人とご家族が安心して在宅での療養生活を送り、希望通りの最期を迎えるために必要な準備や仕組みについて、訪問診療の現場の視点から分かりやすく解説します。
「自分らしく最期まで」を叶えるためのACP(人生会議)
自宅で最期を迎えるためには、まず「どのような最期を迎えたいか」という本人の意思を明確にし、それを周囲と共有しておくことが大切です。これを実現するためのプロセスがACP(アドバンス・ケア・プランニング)、愛称「人生会議」と呼ばれているものです。
ACP(アドバンス・ケア・プランニング)とは何か?
ACPとは、将来の変化に備えて、将来の医療やケアについて、本人を主体に、そのご家族や近しい人、医療・ケアチームが繰り返し話し合いを行い、本人の意思決定を支援するプロセスのことです。
単に「延命治療をするか、しないか」を決めるだけの書類作りではありません。「誰と過ごしたいか」「大切にしている価値観は何か」「どのような状態なら心穏やかでいられるか」といった、生き方そのものについての想いを共有することが中心となります。
例えば、「好きな音楽を聴きながら過ごしたい」「痛みだけは完全に取り除いてほしい」「できるだけ意識をはっきり保ちたい」など、希望は人それぞれです。こうした希望を医療・介護チームが深く理解していることで、その人らしい最期を支える方針が定まります。
元気なうちから話し合うことの大切さ
病状が進行してからでは、ご本人が自分の意思を言葉で伝えることが難しくなる場合があります。また、切迫した状況下では、ご家族も冷静な判断ができず、迷いや後悔が残ってしまうこともあります。
だからこそ、まだ体調が落ち着いている段階、あるいは判断能力が保たれている段階から、少しずつ話し合いを始めることが推奨されています。
「もしもの時」の話をするのは気が重いと感じるかもしれませんが、事前に話し合っておくことは、ご本人にとってもご家族にとっても、「心の準備」となります。あらかじめ方向性が共有されていれば、いざという時にご家族が「本人はどう望んでいただろうか」と苦渋の決断を迫られる負担を軽減することにもつながります。
気持ちが変わっても大丈夫、何度も話し合うプロセス
人の気持ちは揺れ動くものです。「絶対に自宅がいい」と思っていても、病状の変化や介護の状況によって「やはり入院したほうが安心かもしれない」と感じる時期があるかもしれません。逆に、入院してみたけれど「やっぱり家に帰りたい」と思うこともあるでしょう。
ACPは一度決めたら終わりではありません。何度も繰り返し話し合い、その都度、希望を修正していくことが重要です。私たち医療者は、その揺れ動く気持ちに寄り添い、その時々での最善の選択を一緒に考えていきます。
在宅療養を支える「多職種連携」のチーム力
「自宅で最期を迎える」と聞くと、ご家族だけで介護を全て背負わなければならないような重圧を感じるかもしれません。しかし、在宅医療は決して家族だけで行うものではありません。そこには「多職種連携」という強力なチームが存在します。
医師・看護師だけではない、生活を支えるプロたち
在宅療養を支えるチームには、訪問診療医や訪問看護師だけでなく、多くの専門職が関わります。
- 薬剤師:薬の管理や服薬指導を行い、痛みのコントロールなどをサポートします。
- 理学療法士・作業療法士:身体機能の維持や、楽な姿勢の提案などを行います。
- ヘルパー(訪問介護員):入浴、排泄の介助や、生活援助を行い、ご家族の介護負担を減らします。
- 歯科医師・歯科衛生士:口腔ケアを通じて、肺炎予防や「口から食べる楽しみ」を支えます。
これらの専門職が、それぞれの視点から患者様の生活を見守り、情報を共有し合うことで、病院にいる時と同じような、あるいはそれ以上にきめ細やかなケアを自宅で受けることが可能になります。
ケアマネジャーを中心とした情報共有の仕組み
多くの専門職が関わる中で、チームの司令塔となるのがケアマネジャー(介護支援専門員)です。ケアマネジャーは、患者様とご家族の希望を聞き取り、どのサービスをどの程度利用するかという計画(ケアプラン)を作成します。
例えば、「お風呂に入ってさっぱりしたい」という希望があれば訪問入浴の手配を、「家族が夜間に休める時間が欲しい」という相談があれば、ヘルパーの調整やショートステイの検討を行います。
また、日々の患者様の変化は、ICTツール(連絡帳アプリなど)や電話、定期的な担当者会議を通じてリアルタイムで共有されます。「食欲が落ちている」「少し熱がある」といった些細な変化もチーム全体ですぐに把握し、医師の往診や看護師の訪問につなげる体制が整っています。
24時間365日の安心を作る体制
自宅での療養で最も不安なのは、夜間や休日の急変時です。地域密着型の訪問診療クリニックの多くは、24時間365日対応の体制を整えています。
夜中に痛みが強くなったり、様子がおかしくなったりした場合でも、まずは電話で医師や看護師に相談ができます。状況に応じて、電話での指示、緊急往診、あるいは救急搬送の手配など、適切な対応を即座に行います。
「いつでも連絡がつながる」「何かあればすぐに来てくれる」という安心感こそが、在宅での看取りを可能にする基盤となります。
自宅でのお看取りに向けた具体的な準備と心構え
実際に自宅で最期を迎える時期が近づいてきた時、どのような準備や心構えが必要になるのでしょうか。
家族ができること、医療者がすること
最期の時間が近づくと、ご家族は「何かしてあげなければ」と焦る気持ちになるかもしれません。しかし、医療的な処置(点滴の管理や痛みの緩和など)は、私たちプロにお任せください。
ご家族にお願いしたいのは、そばにいて、手を握り、声をかけ、これまで通りの日常を過ごしていただくことです。「ありがとう」「お疲れ様」といった言葉をかけること、好きな音楽を流すこと、体をさすること。これらはご家族にしかできない、最高のケアです。
不安なことや、どう接していいか分からないことがあれば、遠慮なく訪問看護師や医師に相談してください。私たちは患者様だけでなく、ご家族の心のケアも大切な役割だと考えています。
身体の変化と心のケアについて
お別れの時が近づくと、身体には様々な変化が現れます。食事が摂れなくなる、呼吸のリズムが変わる、眠っている時間が長くなるなどです。これらは自然な経過であり、苦しんでいるわけではないことも多いのですが、初めて目の当たりにするご家族にとっては辛く感じることもあるでしょう。
事前に「これからどのような変化が起こりうるか」を医師や看護師から説明を受けておくことで、動揺を和らげることができます。予期される変化を知っていれば、「今は静かに休んでいる時期なんだな」と落ち着いて見守ることができます。
ACPで話し合った「その人らしい最期」とはどういうものだったかを思い出しながら、穏やかな時間を共有することが、何よりの供養にもつながります。
まとめ
住み慣れた自宅で最期を迎えることは、ACPを通じた本人の意思決定と、多職種によるチームケアによって実現できます。ご家族だけで抱え込む必要はありません。医師、看護師、ケアマネジャー、ヘルパーなど、地域の多くの専門職がチーム一丸となって、患者様とご家族の生活を支えます。
「最期は家で過ごさせてあげたいけれど、自信がない」「何から始めたらいいか分からない」という方は、まずは私たちにご相談ください。これまでの生活や想いをじっくり伺いながら、ご家族にとっても無理のない、安心できる在宅療養の形を一緒に考えていきましょう。

