訪問診療コラム

がん性疼痛で日中活動できない—オピオイド調整で痛みが和らぎ会話が増えた

ご自宅で療養されているご家族が、がんの痛みに苦しんでいる姿を見るのは、介護される方にとっても非常に辛いことだと思います。「痛みのせいで日中もベッドから起き上がれない」「声をかけても辛そうで、会話が減ってしまった」といったお悩みをお持ちではないでしょうか。

がんの痛みは、患者様ご本人の身体的な苦痛だけでなく、気力や活動意欲まで奪ってしまいます。しかし、適切な痛み止め、特に「オピオイド(医療用麻薬)」を専門的な視点で調整することで、痛みを和らげ、その人らしい穏やかな生活を取り戻せるケースは少なくありません。

この記事では、がん性疼痛が生活に及ぼす影響と、訪問診療におけるオピオイド調整の重要性、そして痛みが緩和された先にどのような変化が期待できるのかについて解説します。

がんの痛み(がん性疼痛)が日常生活に与える影響

がん患者様の多くが経験する痛みは、単に「痛い」という感覚にとどまらず、生活の質(QOL)全体に大きな影響を及ぼします。日中の活動量が減ってしまう背景には、さまざまな要因が絡み合っています。

「痛くて動けない」だけではない、心と活動への影響

痛みが続くと、身体を動かすこと自体が億劫になります。トイレに行く、着替える、食事を摂るといった基本的な動作でさえ、痛みを誘発する恐怖から避けるようになりがちです。

さらに、持続的な痛みは精神面にも影を落とします。夜十分に眠れなくなったり、常に痛みのことを考えて不安になったりすることで、うつ傾向や意欲の低下を招くことがあります。その結果、日中は痛みに耐えるためにじっと目を閉じて過ごす時間が増え、ご家族との会話や団らんの機会が失われてしまうのです。

「活動しないから体力が落ちる、体力が落ちるから余計に動けなくなる」という悪循環に陥ってしまう前に、痛みのコントロールを行うことが非常に重要です。

我慢は禁物。痛みのコントロールが重要な理由

ご高齢の患者様の中には、「痛み止めを使うと意識がぼんやりしてしまうのではないか」「これくらいの痛みは我慢しなければならない」と考えて、痛みを訴えない方もいらっしゃいます。また、ご家族も「薬が増えるのは心配」と感じることがあるかもしれません。

しかし、緩和ケアの考え方において、痛みは我慢するべきものではありません。痛みが強い状態が続くと、血圧の上昇や脈拍の増加など身体への負担がかかるほか、免疫力の低下にもつながりかねません。

痛みを適切に取り除くことは、病気の治療そのものと同じくらい大切です。痛みが緩和されることで、食欲が戻ったり、睡眠の質が向上したりと、全身状態の安定にもつながります。

医療用麻薬(オピオイド)への誤解と正しい知識

がんの痛みが強くなってきた場合、一般的な鎮痛薬(解熱鎮痛剤など)に加えて、「オピオイド」と呼ばれる医療用麻薬を使用することが世界的な標準治療となっています。しかし、この「麻薬」という言葉の響きから、不安を感じる方も少なくありません。まずは正しい知識を持つことが大切です。

「怖い薬」「依存する」という誤解

「麻薬を使うと、中毒になったり依存症になったりするのではないか」「一度使い始めたらやめられなくなるのではないか」「寿命が縮まるのではないか」といった不安は、よく聞かれる声です。

しかし、医療用として医師の管理下で適切に使用されるオピオイドは、痛みがある状態で使用する限り、精神的な依存(中毒)が生じることは極めて稀であることが医学的に証明されています。また、痛みを我慢し続けるストレスの方が身体への悪影響が大きく、適切に痛みを取ることで、結果として穏やかに過ごせる時間が長くなることも期待できます。

オピオイドは、患者様を苦しめる薬ではなく、苦痛から解放し、生活を支えるための重要なツールなのです。

痛みの強さに応じた適切な使い分け

痛み止めの使用には、痛みの強さに応じた段階的なアプローチがあります。最初は一般的な鎮痛薬から始め、効果が不十分な場合に、弱オピオイド、強オピオイドへと切り替えたり、併用したりします。

オピオイドには、飲み薬だけでなく、皮膚に貼るテープタイプや座薬、注射など、さまざまな形状があります。例えば、飲み込む力が弱くなっている方には貼り薬を選択するなど、患者様の状態に合わせて最適な方法を選ぶことができます。

大切なのは、「薬を使うこと」自体を目的とするのではなく、「痛みをコントロールしてどう過ごしたいか」という目標に合わせて薬を選ぶことです。

訪問診療だからできる、細やかな「オピオイド調整」

オピオイド治療において最も重要なのは、患者様一人ひとりに合わせた「調整」です。薬の効き方には個人差があり、少なすぎれば痛みは取れず、多すぎれば眠気などの副作用が出ることがあるからです。ここで、定期的にご自宅を訪問する医師や看護師の役割が大きくなります。

生活リズムに合わせた投与量の微調整

病院への通院だけでは、次回の診察まで薬の量を変更できないことがありますが、訪問診療では、ご自宅での生活の様子を直接拝見しながら、きめ細かな調整が可能です。

例えば、「日中は起きてテレビを見たいけれど、夜はぐっすり眠りたい」というご希望があれば、眠くなりやすい薬を夜に使い、日中は眠気の少ない薬を中心に組み立てるといった工夫ができます。また、急に痛みが強くなった時に使う即効性のある薬(レスキュー薬)の使い方についても、ご自宅の環境に合わせて具体的に指導することができます。

日々の変化を見守りながら、「昨日は痛みが強かったから少し量を増やしましょう」「今日は調子が良さそうだから様子を見ましょう」といった微調整を繰り返すことで、痛みと副作用のバランスが取れた最適な量を見つけ出していきます。

副作用(眠気、便秘など)への対策と観察

オピオイドを使用し始めると、一時的に眠気が出たり、吐き気を感じたりすることがあります。また、便秘は継続的に起こりやすい副作用です。

こうした副作用が出た時に、「薬が合わないからやめたい」と自己判断で中断してしまうと、急激に痛みが戻ってきてしまうことがあります。訪問診療では、副作用止めを適切に処方することはもちろん、食事や水分の摂り方、排便コントロールなど、生活全般のケアと合わせて対策を行います。

特に導入初期は不安が大きいものです。何かあれば24時間365日連絡が取れる体制のあるクリニックであれば、副作用への不安もすぐに相談でき、安心して治療を継続していただけます。

痛みが和らぐことで変化する「生活の質」

適切なオピオイド調整によって痛みがコントロールされると、患者様の表情や生活には明らかな変化が生まれます。

笑顔や会話が増えることの意味

痛みが和らぐと、まず表情が穏やかになります。眉間のシワが消え、強張っていた身体の力が抜けます。身体的な苦痛から解放されることで、周囲に関心を向ける余裕が生まれるのです。

その結果、「今日はいい天気だね」「ありがとう」といった会話が自然と増えていきます。ご家族と昔話に花を咲かせたり、お孫さんの顔を見て笑顔を見せたり。そうした何気ないコミュニケーションこそが、患者様にとってもご家族にとっても、かけがえのない時間となります。

日中ベッドで過ごす時間が減り、車椅子に乗ってリビングで過ごせるようになったり、食卓を囲めるようになったりすることも、決して珍しいことではありません。

穏やかな時間を過ごすためのサポート

痛みのケアは、最期までその人らしく生きるための土台です。痛みがなければ、好きな音楽を聴いたり、読みたかった本を読んだり、あるいはただ静かにご家族の手を握って過ごしたりすることができます。

私たち医療者は、単に薬を処方するだけではありません。患者様とご家族がどのような時間を過ごしたいと願っているのかを伺い、その実現を阻む「痛み」という障害を取り除くお手伝いをします。

「もう年だから」「がん末期だから」と諦める必要はありません。今日一日を穏やかに過ごせるように全力を尽くすことが、私たちの使命です。

まとめ

がん性疼痛によって日中の活動や会話が失われている場合、それは病気の進行そのものよりも、痛みのコントロールが不十分であることが原因かもしれません。

オピオイド(医療用麻薬)は、正しく使用すれば怖い薬ではなく、痛みを取り除き、生活の質を高めてくれる大切な味方です。訪問診療では、患者様の生活スタイルやご希望に合わせて、薬の種類や量を細かく調整し、副作用の管理もしっかりと行います。

痛みが和らげば、笑顔が戻り、ご家族との大切な時間を取り戻すことができます。ご自宅での痛みの管理に不安を感じている方、今の痛み止めの調整に疑問をお持ちの方は、ぜひ一度、私たちにご相談ください。患者様とご家族が心穏やかに過ごせるよう、精一杯サポートさせていただきます。

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