訪問診療コラム

脳卒中後の飲み込みに不安—在宅リハと姿勢調整で食事が安全に摂れた

脳卒中で入院治療を終え、ようやく自宅に戻ってこられたとき、ご本人やご家族が直面する大きな課題のひとつに「食事」があります。入院中は病院のスタッフが管理してくれていた食事が、自宅ではそうはいきません。

「お茶を飲むとむせることが増えた」

「食事に時間がかかり、疲れてしまう」

「誤嚥(ごえん)して肺炎にならないか心配だ」

このような不安を抱えながら、毎日の食事介助をされているご家族は少なくありません。また、ご本人にとっても、「口から美味しく食べる」ことは生きる喜びそのものであり、それが難しくなることは精神的にも辛いものです。

しかし、飲み込みにくさ(嚥下障害)は、適切なリハビリテーションと、ちょっとした環境の工夫によって、改善したり、安全性を高めたりすることが十分に可能です。特に、住み慣れた自宅で行う「在宅リハビリ」と、食事をする際の「姿勢調整」は、安全な食事を続けるための大きな鍵となります。

この記事では、脳卒中後の飲み込みの不安を解消するために、訪問診療や在宅リハビリがどのように役立つのか、そして家庭ですぐに実践できる姿勢の工夫について、わかりやすく解説します。

脳卒中後に「飲み込み」が難しくなる理由

まずは、なぜ脳卒中になると食事がしにくくなるのか、その仕組みについて少しだけ触れておきましょう。

飲み込みの仕組みと脳卒中の影響

私たちは普段、無意識に食べ物を口に入れ、噛み砕き、飲み込んでいます。しかし、この一連の動作は、脳からの指令によって唇、舌、喉の筋肉が精巧に連携して行われています。

脳卒中によって脳の一部がダメージを受けると、この指令がうまく伝わらなくなったり、喉の感覚が鈍くなったりすることがあります。その結果、食べ物を喉の奥へ送り込めなくなったり、気管に蓋をするタイミングがずれてしまったりします。これが「嚥下障害(えんげしょうがい)」と呼ばれる状態です。

「誤嚥(ごえん)」のリスクとは

飲み込みの機能が低下すると、食べ物や唾液が誤って気管に入ってしまう「誤嚥」が起こりやすくなります。健康な時であれば、むせることで異物を外に出せますが、咳をする力が弱まっていると、異物が肺に入り込み、細菌が繁殖して「誤嚥性肺炎」を引き起こす原因となります。

在宅療養において、この誤嚥性肺炎を予防することは非常に重要です。しかし、「怖いから」といって口からの食事を過度に制限してしまうと、栄養状態が悪化したり、食べる楽しみが失われたりして、全身の活力が低下してしまうこともあります。大切なのは、リスクを正しく理解し、安全に食べるための対策を講じることです。

在宅リハビリテーションが変える「食事の時間」

病院のリハビリ室とは異なり、実際に生活している自宅で行う「在宅リハビリ」には、独自の大きなメリットがあります。

自宅だからこそできる実践的な練習

病院ではベッドや椅子が規格化されていますが、ご自宅の環境は千差万別です。普段使っている椅子、テーブル、食器を使ってリハビリを行うことで、より実生活に即した練習ができます。

訪問リハビリのスタッフ(理学療法士、作業療法士、言語聴覚士など)は、ご自宅に伺い、実際の食事場面を拝見します。

「今のスプーンは口に運びにくいかもしれない」

「テレビの音が気になって食事に集中できていないようだ」

といった、病院では気づきにくい細かな問題点を発見し、その場で改善策を提案できるのが強みです。

専門家による「飲み込み機能」の評価

飲み込みの状態は、日によって、あるいは時間帯によっても変化します。また、疲労度によっても機能は変わります。

訪問診療の医師やリハビリスタッフは、定期的に訪問し、喉の動きや呼吸の状態、食事中の様子を専門的な視点で評価します。必要であれば、内視鏡を使った検査などを自宅で行うこともあります。

「今はゼリー状のものが安全ですが、少しずつペースト状のものに挑戦してみましょう」

といったように、ご本人の回復段階に合わせた段階的な目標設定ができるため、無理なく安全にステップアップを目指せます。

安全な食事のカギは「姿勢調整」にあり

飲み込みを助けるために、今すぐできる最も効果的な方法のひとつが「姿勢の調整」です。高いリハビリ機器がなくても、クッションやタオルを使うだけで、飲み込みやすさは劇的に変わることがあります。

誤嚥を防ぐ基本の姿勢

飲み込みにおいて最も避けたい姿勢は、「顎が上がっている」状態と「体が後ろに反っている」状態です。顎が上がると気道が広がりやすくなり、食べ物が気管に入りやすくなってしまいます。

基本となるのは、「軽く顎を引く(頷くような)」姿勢です。こうすることで、気道の入り口が狭まり、食道へ食べ物が流れ込みやすくなります。また、足の裏がしっかりと床(または足置き台)についていることも重要です。足がぶらついていると体幹が安定せず、飲み込む瞬間に力が入らないからです。

椅子やベッドでの具体的な工夫

ご自宅の環境に合わせて、以下のような調整を行うことで、安全性が高まるケースが多くあります。

椅子で食事をする場合

深く座り、背もたれに体を預けますが、その際に背中にクッションを入れ、少し前傾姿勢になるように調整します。麻痺がある側に体が傾いてしまう場合は、脇の下や腰にクッションや丸めたバスタオルを挟み、体が左右に倒れないようまっすぐに支えます。テーブルの高さは、肘が90度くらいに乗る高さが理想的です。

ベッドで食事をする場合

背もたれ(ギャッチアップ)を上げる際は、30度から60度くらいを目安に調整します。体がずり落ちないよう、膝の下にもクッションを入れたり、ベッドの機能を活用して膝を曲げたりします。ここでも重要なのは、首の後ろに枕やタオルを入れ、顎が軽く引けた状態を作ることです。枕の位置が高すぎて首が前に折れ曲がりすぎても飲み込みにくくなるため、ご本人が「苦しくないか」「飲み込みやすいか」を確認しながら微調整します。

こうした姿勢の調整は、数センチの違いで飲み込みやすさが変わります。訪問スタッフは、その方に最適な「ポジショニング(姿勢作り)」を一緒に探し、ご家族にもセッティングの方法を丁寧にお伝えします。

家族だけで抱え込まず、チームで支える

在宅での食事ケアは、ご家族だけで頑張りすぎる必要はありません。訪問診療クリニックを中心としたチームが、皆様をバックアップします。

食事形態と栄養の管理

「何をどのくらいの大きさに刻めばいいのか」「とろみはどのくらいつければいいのか」といった食事内容の悩みも尽きないものです。

管理栄養士や言語聴覚士は、飲み込みの能力に合わせた適切な食事形態(きざみ食、ミキサー食、ソフト食など)をアドバイスします。また、市販の介護食の活用方法や、手軽に栄養を補える補助食品の紹介も行います。

「手作りしなければ」と気負わず、便利なものをうまく取り入れながら、継続可能な方法を一緒に考えます。

食べる喜びを取り戻すために

安全を優先するあまり、味気ない食事ばかりになってしまうと、ご本人の「食べたい」という意欲が削がれてしまうことがあります。

私たちの目標は、単に栄養を摂ることだけではありません。

「たまには大好きだったあのお菓子を一口だけ食べたい」

「家族と同じ食卓を囲んで季節を感じたい」

そんなささやかな願いを叶えるために、どうすればリスクを最小限に抑えて実現できるか、医学的な視点からサポートします。たとえば、リハビリの直後で覚醒状態が良いタイミングを選んだり、医師が見守る中で少量を試したりと、柔軟な対応が可能です。

まとめ

脳卒中後の飲み込みに対する不安は、適切な「在宅リハビリ」と「姿勢調整」によって、大きく和らげることができます。

「飲み込みにくいから」と諦めてしまう前に、環境や方法を変えることで、安全に、そして美味しく食事ができる可能性は広がっています。

すみだ両国まちなかクリニックでは、患者様お一人おひとりの生活環境や身体の状態に合わせた、きめ細やかな訪問診療とリハビリテーションのサポートを行っています。

「最近、食事中にむせることが増えた」

「自宅での食事介助の方法が合っているか確認してほしい」

このようなお悩みがあれば、どんなに小さなことでも構いません。まずは私たちにご相談ください。住み慣れた我が家で、安心して食事が楽しめるよう、私たちが全力でお手伝いいたします。

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