訪問診療コラム

夜眠れず昼夜逆転—生活リズム介入と薬剤見直しで睡眠が整った

ご家族が夜になると目が冴えてしまい、家の中を歩き回ったり、何度もトイレに起きたりして眠ってくれない。その代わりに、昼間はずっとウトウトしている。このような「昼夜逆転」の状態にお困りではありませんか?

夜間の介護は、ご家族にとって精神的にも肉体的にも大きな負担となります。また、患者様ご本人にとっても、質の良い睡眠がとれないことは不安や体調不良の原因となりかねません。

「もう年だから仕方がない」「認知症が進んだから」と諦めてしまう前に、一度専門的な視点で生活全体を見直してみることをおすすめします。実は、毎日の生活リズムへの介入と、服用しているお薬の丁寧な見直しによって、睡眠のサイクルが整い、穏やかな夜を取り戻せるケースは少なくありません。

この記事では、訪問診療の現場で実践されている、睡眠改善のためのアプローチについて解説します。

なぜ高齢になると「昼夜逆転」が起きやすくなるのか

まずは、なぜ昼夜逆転が起きてしまうのか、その背景にある原因を知ることが大切です。単なる「わがまま」や「気分の問題」ではなく、加齢や病気による身体的な変化が大きく関係しています。

体内時計の変化と睡眠の質の低下

私たちの体には、朝の光を浴びて目覚め、夜になると眠くなるという「体内時計」が備わっています。しかし、高齢になるとこの体内時計の機能が弱まり、リズムが乱れやすくなります。

また、加齢に伴い睡眠自体が浅くなる傾向があります。少しの物音や尿意で目が覚めてしまい、一度起きると再び眠りにつくのが難しくなることも、夜間の覚醒につながる大きな要因です。これにより、「夜眠れないから昼間寝てしまう」という悪循環が始まります。

日中の活動量不足と環境の要因

足腰が弱くなって外出の機会が減ったり、一日中ベッドの上で過ごしたりすることが増えると、日中のエネルギー消費量が極端に少なくなります。体が疲れていなければ、夜になっても眠気が訪れないのは自然なことです。

さらに、カーテンを閉め切った薄暗い部屋で一日を過ごしていると、体は今が昼なのか夜なのかを区別できなくなります。日中の刺激不足(メリハリのなさ)が、夜間の不眠を引き起こしているケースは非常に多く見られます。

認知症やその他の疾患による影響

認知症、特にアルツハイマー型認知症などの進行に伴い、時間や場所の感覚が薄れる「見当識障害」が起こることがあります。これにより、夜中であることを認識できずに活動を始めてしまうことがあります。また、痛みやかゆみ、頻尿などの身体的な不快感が原因で眠れないこともあります。

訪問診療で行う「生活リズムへの介入」とは

昼夜逆転を解消するためには、ただ睡眠薬を飲めば良いというわけではありません。訪問診療では、医師や看護師が患者様のご自宅での生活状況を直接拝見し、無理のない範囲で生活リズムを整える提案を行います。

朝の光と日中の過ごし方の工夫

まずは「朝であることを体に教える」ことがスタートです。毎朝決まった時間にカーテンを開け、日光を浴びる習慣をつけます。直接日光を浴びるのが難しい場合は、部屋を明るくするだけでも効果が期待できます。

そして、日中はできるだけ起きて過ごす時間を増やします。無理に運動をする必要はありません。ベッドのリクライニングを起こして座って過ごす時間を増やしたり、お好みの音楽を聴いたり、家族やスタッフと会話をしたりするだけでも脳への刺激になります。昼寝をする場合も、午後3時くらいまでに30分程度にとどめ、長く寝過ぎないように調整します。

食事や入浴など生活習慣の調整

食事の時間や内容も睡眠に影響します。夕食は就寝の数時間前に済ませ、胃腸への負担を減らすことが望ましいです。また、カフェインを含む飲み物(お茶やコーヒー)は夕方以降は控えるといった細かな調整も行います。

入浴や足浴も効果的です。温かいお湯につかることで心身がリラックスし、体温が一度上がってから下がるタイミングで自然な眠気が訪れやすくなります。訪問看護師やヘルパーと連携し、入浴のタイミングを夕方から夜に設定することも一つの方法です。

環境調整による安心感の提供

寝室の環境を見直すことも重要です。室温や湿度が適切か、寝具は体に合っているか、夜間の照明が明るすぎないかなどを確認します。

また、夜中に目が覚めてしまったときに不安にならないよう、足元灯を設置したり、トイレへの動線を確保したりすることで、転倒のリスクを減らしつつ、安心してまた眠れるような環境を整えます。

慎重に行う「薬剤の見直し」の重要性

生活リズムの調整と並行して重要になるのが、お薬の見直しです。「薬を増やす」のではなく、「整理する」あるいは「変える」ことで状況が好転することがよくあります。

その不眠、実はお薬の影響かもしれません

高齢の患者様は、多くの種類の薬を服用していることが少なくありません。中には、薬の副作用として「不眠」や「日中の眠気」を引き起こすものがあります。

例えば、ある病気の治療薬が覚醒作用を持っていて夜の眠りを妨げている場合や、逆に日中に飲んでいる薬が強すぎて一日中ウトウトしてしまい、結果として夜眠れなくなっている場合などがあります。まずは現在服用しているすべてのお薬を医師が確認し、睡眠への悪影響がないかをチェックします。

患者様の状態に合わせた繊細な調整

睡眠薬を使用する場合も、高齢者の身体機能に合わせた慎重な選択が必要です。若い頃と同じ薬では効きすぎてしまい、翌朝までふらつきが残って転倒の原因になったり、日中のぼんやり感につながったりすることがあるからです。

作用時間が短いタイプ、自然な眠気を誘うタイプ、漢方薬など、患者様の体質や症状に合わせて、最もリスクが少なく効果が期待できるものを選択します。「夜ぐっすり眠る」ことだけでなく、「朝すっきりと目覚める」ことを目標に調整を行います。

薬だけに頼らないバランスの取れた治療

大切なのは、薬はあくまで生活リズムを整えるための「補助」であるという考え方です。生活習慣の改善に取り組みながら、必要最小限の薬を上手に使うことで、本来の睡眠リズムを取り戻すことを目指します。

状態が安定してくれば、徐々に薬を減らしていくことも可能です。訪問診療では、定期的に医師が様子を確認できるため、その時々の体調に合わせてこまめに処方を調整できるのが大きな強みです。

睡眠が整うことで生まれる良い変化

適切な介入によって昼夜逆転が解消され、夜しっかり眠れるようになると、患者様とご家族の生活には多くの良い変化が生まれます。

ご本人の表情が穏やかになり、意欲が向上する

質の良い睡眠がとれると、日中の覚醒レベルが上がります。頭がすっきりするため、会話が増えたり、食事を美味しく食べられたりと、生活の質が向上します。イライラや不安感が減り、表情が穏やかになる患者様も多くいらっしゃいます。

ご家族の介護負担が軽減される

何より大きいのが、ご家族が夜ゆっくり眠れるようになることです。夜間の対応に追われることがなくなれば、介護者の心身の疲労は大きく回復します。「夜は寝てくれる」という安心感があるだけで、日中の介護にも余裕を持って向き合えるようになります。

まとめ

昼夜逆転は、ご本人にとってもご家族にとっても辛い問題です。しかし、それは「変えられないこと」ではありません。日々の生活リズムへの介入や、環境の調整、そして専門的な視点による薬剤の見直しを組み合わせることで、睡眠の悩みは改善できる可能性があります。

「睡眠薬を飲ませるのは怖い」「生活習慣を変えるのは難しそう」と不安に思われるかもしれませんが、訪問診療クリニックでは、患者様お一人おひとりの生活スタイルや価値観を尊重しながら、無理のない解決策を一緒に探していきます。

眠れない夜が続いているなら、どうぞ一人で抱え込まず、私たちに相談してください。平穏な夜と、笑顔のある日中の生活を取り戻すために、医療の面からサポートさせていただきます。

まずはお気軽にお問い合わせください。患者様とご家族が安心して過ごせるよう、全力でお手伝いいたします。

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