訪問診療コラム

低血糖をくり返す独居の糖尿病—インスリン時間調整と栄養連携で再発を防げた

糖尿病の治療を続けている中で、突然の冷や汗や手の震え、意識が遠のくような感覚に襲われる「低血糖」。ご家族と同居されている場合でも不安な症状ですが、お一人暮らし(独居)をされている方にとっては、命に関わるかもしれないという非常に大きな恐怖を伴うものです。

特に、食事や薬の管理が難しくなりがちな独居環境では、低血糖を何度も繰り返してしまうケースが少なくありません。「また倒れてしまったら、誰が気づいてくれるのだろう」という不安から、さらに生活のリズムが乱れてしまう悪循環に陥ることもあります。

しかし、こうした状況は、適切な医療介入と周囲のサポート体制を整えることで改善できる可能性があります。今回は、独居の方の糖尿病治療において鍵となる「インスリンの時間調整」と「栄養連携」による再発防止のアプローチについて、訪問診療の視点から解説します。

なぜ「独居」だと低血糖のリスクが高まりやすいのか

糖尿病治療において、血糖値をコントロールすることは最も重要な目標ですが、実は「血糖値を下げすぎないこと」も同じくらい重要です。特にお一人暮らしの場合、いくつかの要因が重なり、意図せず低血糖を引き起こしてしまうリスクが高まる傾向にあります。

食事が不規則になりがちな生活背景

ご家族と一緒に暮らしていると、食事の時間が決まっていたり、誰かが用意してくれたりすることが多いですが、独居の場合はすべてご自身で管理しなければなりません。体調が優れない日や、買い物に行けなかった日などは、食事がおろそかになったり、時間が大きくずれたりすることがあります。

糖尿病のお薬、特にインスリン注射は「食事を摂ること」を前提に処方されているものが多くあります。食事が十分に摂れていない、あるいは食事の時間が遅れている状態で、いつも通りにインスリンを打ってしまうと、血糖値が下がりすぎてしまい、低血糖を引き起こす原因となります。

薬の管理と身体状況の変化

加齢とともに認知機能が少し低下したり、手先が動かしにくくなったりすると、薬の管理が難しくなることがあります。インスリンの単位数を間違えて多く打ってしまったり、打ったかどうか忘れて二度打ちしてしまったりするミスが起こりやすくなります。

また、腎臓の機能が低下している場合など、身体の状態によっては薬が体内に長く残りやすくなり、以前と同じ量のインスリンでも効きすぎてしまうことがあります。独居環境では、こうした身体の微妙な変化に気づく人がそばにおらず、対応が遅れてしまうことがリスクを高める要因となります。

「もしも」の時の不安が招く悪循環

「夜中に低血糖になったらどうしよう」という不安から、寝る前に過食してしまったり、逆に恐怖心からインスリンを打つのを自己判断でやめてしまったりする方もいらっしゃいます。

このように、精神的な不安が不適切な対処行動につながり、高血糖と低血糖を乱高下する「血糖値スパイク」を引き起こし、結果として身体に大きな負担をかけてしまうことも少なくありません。

低血糖の再発を防ぐ「インスリンの時間調整」とは

低血糖を繰り返している場合、まず見直すべきはインスリンの種類、量、そして「打つ時間」です。訪問診療では、病院での外来受診とは異なり、患者様の実際の生活リズムを見ながら、最も安全で効果的な調整を行います。

生活リズムに合わせた柔軟な処方設計

病院の診察室では「朝・昼・夕の食前に打ってください」と指導されることが一般的です。しかし、実際の生活では、朝起きるのが遅かったり、お昼は軽く済ませたりと、規則正しい生活を送ることが難しい場合もあります。

訪問診療では、無理に生活を型にはめるのではなく、その方の実際の生活パターンに合わせてインスリンの種類や時間を変更します。例えば、効果が長く続くタイプのインスリンを1日1回だけ打つ方法に変えたり、ヘルパーさんが訪問する時間に合わせて注射ができるように調整したりすることで、打ち間違いや打ち忘れを防ぎ、低血糖のリスクを減らします。

身体の状態に応じたきめ細やかな微調整

高齢の方や腎機能が低下している方の場合、血糖値を厳格に下げすぎることが、かえって危険な場合があります。そのため、年齢や身体の状態、独居であることのリスクを考慮し、目標とする血糖値をあえて少し高めに設定することもあります。

「低血糖を起こさないこと」を最優先に考え、医師が定期的に訪問して血液検査や日々の記録を確認しながら、インスリンの量を0.5単位や1単位といった細かいレベルで調整します。これにより、効きすぎによる低血糖を防ぎつつ、安全な範囲で血糖値をコントロールすることを目指します。

インスリン以外の選択肢も検討する

場合によっては、インスリン注射そのものが生活の負担になっていることもあります。ご本人のインスリン分泌能力が保たれているのであれば、飲み薬への変更を検討したり、週に1回だけ打てばよいタイプの注射薬に切り替えたりすることも選択肢の一つです。

また、ご自身での注射が難しい場合は、訪問看護師が毎日訪問して注射を行うなど、医療スタッフが直接管理できる体制を整えることも可能です。

生活を支える鍵となる「栄養連携」の重要性

糖尿病治療において、食事療法は欠かせません。しかし、独居の方に対して「カロリーを計算してバランスよく食べてください」と指導するだけでは、実行するのは困難です。そこで重要になるのが、管理栄養士やケアマネジャーと連携した「栄養連携」によるサポートです。

管理栄養士による現実的な食事指導

訪問診療では、必要に応じて管理栄養士がご自宅を訪問し、冷蔵庫の中身や普段の食事内容を直接確認させていただくことができます。

その上で、「これなら食べられそう」「これなら作れそう」という現実的なラインを探ります。専門的なカロリー計算を押し付けるのではなく、「コンビニのお弁当ならこれを選ぶと良い」「レトルト食品にこれを一品足すとバランスが整う」といった、具体的なアドバイスを行います。

介護サービスを活用した食事の確保

ご自身での調理が難しい場合は、ケアマネジャーと連携し、配食サービス(宅配弁当)の導入や、ヘルパーによる調理支援を計画に組み込みます。

糖尿病対応のメニューがある配食サービスを選定したり、ヘルパーさんに作ってもらう料理のレシピを医師や管理栄養士が提案したりすることで、栄養バランスを保ちながら、決まった時間に食事が摂れる環境を整えます。これにより、「食べていないのにインスリンを打つ」といった危険な状況を回避することができます。

「食べること」の楽しみを守る

食事制限ばかりが厳しくなると、生きる楽しみが失われてしまいます。特に独居の方は、食事が唯一の楽しみという場合も少なくありません。

栄養連携では、単に制限するのではなく、「好きなお菓子を食べるなら、食後にこれくらいの量にしましょう」「この時間はしっかり食べて大丈夫です」というように、楽しみを残しながらコントロールする方法を一緒に考えます。心の満足度を高めることは、治療を長く続ける上で非常に大切な要素です。

訪問診療だからこそできる、再発防止のチームケア

独居の方の低血糖を防ぐためには、医療職だけでなく、介護職も含めたチーム全体での見守りが必要です。訪問診療クリニックは、その連携の要となります。

医師・看護師・薬剤師・ケアマネジャーの情報共有

訪問診療を導入すると、医師や看護師だけでなく、調剤薬局の薬剤師や担当のケアマネジャーとも密に連絡を取り合う体制が構築されます。

例えば、「最近、食事の量が減っているようだ」とヘルパーさんが気づけば、すぐにケアマネジャーを通じて医師に報告が入ります。医師はその情報をもとにインスリンの量を減らす指示を出したり、訪問看護師に様子を見に行ってもらったりと、迅速な対応が可能になります。

定期的な訪問による安心感

月に2回などの定期的な訪問診療が入ることで、身体の変化を早期に発見できるだけでなく、患者様ご本人の「一人ではない」という安心感にもつながります。何かあったときに24時間365日連絡が取れる体制があることは、独居生活の大きな支えとなります。

低血糖の症状が出始めたときの対処法(ブドウ糖の常備など)を具体的に指導し、ご本人だけでなく、訪問するヘルパーさんなどにも共有しておくことで、万が一の際の安全網を何重にも張り巡らせることができます。

まとめ

独居環境での糖尿病治療において、低血糖を繰り返してしまうことは、決してご本人の管理不足だけが原因ではありません。生活環境や身体機能の変化に合わせて、治療の方針を柔軟に変えていく必要があります。

インスリンの時間を生活リズムに合わせて調整し、栄養連携によって無理なく食事が摂れる体制を整えることで、低血糖の再発を防ぎ、穏やかに生活を続けることは十分に可能です。

「一人暮らしで糖尿病の管理に自信がなくなってきた」「低血糖が怖くて不安だ」とお悩みの方は、ぜひ一度、地域の訪問診療クリニックにご相談ください。私たち医療チームが、あなたの生活に寄り添い、安全で安心な療養生活をサポートいたします。

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