院長コラム

    ご家族の「いつもと違う」が命を救う。在宅高齢者のための熱中症対策と「点滴」という選択肢

    梅雨が明け、墨田区にも本格的な夏の到来を感じる季節となりました。この時期、私たちが特に注意を払わなければならないのが「熱中症」です。熱中症というと、炎天下の屋外で起こるものというイメージが強いかもしれません。しかし、実は高齢者の重症な熱中症は、ご自宅など屋内で静かに進行することが非常に多いのです 。

    大切なご家族が、住み慣れた家で安心して夏を越せるように。このコラムでは、ご家族やケアマネージャーの皆様に、在宅で過ごされる高齢者を熱中症から守るための医学的知識と、具体的な観察のポイントをお伝えします。これは不安を煽るためではなく、皆様に「命を救うための気づき」を持っていただくためのものです。

    当院は「この街にあってよかった」と思っていただける医療を目指し、「断らない医療」を理念に掲げています。このコラムが、皆様の安心の一助となれば幸いです。

    なぜ高齢者は室内でも熱中症になりやすいのか?~見えないリスクの正体~

    医師としてまずお伝えしたいのは、高齢者が熱中症になりやすいのは、単に体力が落ちたからという単純な理由ではない、ということです。加齢に伴う、避けることのできない生理的な変化が大きく関わっています。

    高齢者の身体に潜む「3つの脆弱性」

    1. 感覚の鈍化
      加齢とともに、皮膚にある「暑さ」を感知するセンサーの感度が鈍くなります。そのため、室温が危険なレベルまで上昇していても本人は「暑い」と感じにくく、エアコンの使用などの回避行動が遅れがちになります。さらに深刻なのが、「喉の渇き」を感じにくくなることです 。体は水分を欲しているのに、脳がそのサインをうまくキャッチできず、水分補給が不足してしまうのです。
    2. 体温調節機能の低下
      私たちの体は、暑さを感じると皮膚の血管を広げて熱を逃がし(血管拡張)、汗をかくことで気化熱を利用して体を冷やします。しかし、高齢になるとこの体温調節機能の反応が遅れ、またその効果も弱まります。汗をかき始めるのが遅くなったり、かく汗の量が少なくなったりするため、体内に熱がこもりやすくなるのです 。
    3. 体内の水分不足
      そもそも高齢者は、体内に水分を蓄える役割を持つ筋肉の量が減少するため、若年者に比べて体内の水分量が少なくなっています 9。いわば、体の「水分タンク」が元々小さい状態なのです。そのため、少し汗をかいただけでも容易に脱水状態に陥りやすくなります。

    これらの脆弱性が組み合わさることで、危険な悪循環が生まれます。暑さを感じないためエアコンをつけずにいると、室温の上昇とともに体温が上がります。体は汗をかいて冷やそうとしますが、その機能自体が低下している上に、元々の水分量が少ないためすぐに脱水が進みます。脱水によって血液が濃くなると、心臓はドロドロの血液を全身に送るために負担が増え、皮膚への血流も悪化し、ますます熱を逃がせなくなります。このように、一つ一つの変化が互いを増悪させ、短時間で重篤な状態へと陥らせるのです 。これが、室内で静かに進行する高齢者の熱中症の恐ろしい正体です。実際に、屋内で熱中症により亡くなられた高齢者の約9割がエアコンを使用していなかったという衝撃的なデータもあります。

    「隠れ熱中症」を見抜く、ご家族・ケアマネージャーのための観察チェックリスト

    熱中症の初期症状は、「夏バテかな」「いつものことかな」と見過ごされやすい、非常に曖昧なサインとして現れることが多く、「かくれ熱中症」とも呼ばれます 。ご本人の「大丈夫」という言葉よりも、ご家族やケアマネージャーの皆様による客観的な観察が何よりも重要です。「お水飲んだ?」と聞くだけでなく、ペットボトルの水の減り具合を確認する、といった具体的な行動が命を守ります。

    以下に、医師の視点から特に重要と考える観察ポイントをチェックリストにまとめました。「いつもと違う」と感じたら、ぜひ活用してください。

    カテゴリーチェック項目医師の視点・解説
    ① 全体的な様子・行動□ なんとなく元気がない、ぐったりしている最も重要で、最も見過ごされがちなサイン。活動性の低下は、体がエネルギーを保持しようとする危険信号です。
    □ 食欲がない、吐き気を訴える脱水による消化器系の機能低下の現れ。嘔吐があれば、経口での水分補給は困難になり、医療介入が必要です。
    □ 呼びかけへの反応が鈍い、会話が噛み合わない軽度の意識障害の始まりかもしれません。脱水により脳への血流が低下している可能性があります。これは中等症(Ⅱ度)への移行を示唆します。
    ② 皮膚・口の状態□ 唇や口の中が乾いている体内水分が不足している直接的な証拠です。唾液の分泌が減少しています。
    □ 脇の下が乾いている通常は湿っているはずの場所が乾燥しているのは、発汗機能が停止しているか、著しく低下しているサインです。
    □ 手の甲の皮膚をつまんで離した時、元に戻るのに2秒以上かかる皮膚のハリ(ツルゴール)が失われ、脱水が進行していることを示す、簡単で客観的なテストです。
    ③ 水分・排泄□ トイレに行く回数が減った体が水分を保持しようとして、腎臓が尿の生成を減らしています。
    □ 尿の色がいつもより濃い尿が濃縮されている証拠で、水分不足を明確に示します。
    ④ 本人の訴え□ めまい、立ちくらみ「熱失神」の初期症状。血圧が低下し、脳への血流が一時的に不足しています。
    □ 足がつる、筋肉が痛む「熱けいれん」。汗で塩分(ナトリウム)が失われることで起こります。水だけを飲むと悪化することがあります。
    □ 頭が痛い、ズキズキする「熱疲労」のサイン。脱水で血液が濃くなり、脳の血管に負担がかかっています。中等症(Ⅱ度)の典型的な症状です。

    ご家庭で今日からできる!命を守るための熱中症予防策

    熱中症は予防が何よりも大切です。ご家族が「監視役」になるのではなく、熱中症になりにくい「環境の設計者」になるという視点で、以下の対策に取り組んでみてください。

    環境管理:快適な空間を自動的に作る

    • 「28℃・60%」のルールを徹底する
      室内にデジタル温湿度計を設置し、「室温28℃以下、湿度60%以下」を目安に管理してください。ご本人がいつでも確認できるよう、テレビの横など目立つ場所に置くのが効果的です。
    • エアコンと扇風機を賢く使う
      エアコンを嫌がる方には、冷風が直接当たらないように風向きを上向きにしたり、「除湿(ドライ)」運転で湿度を下げたりするだけでも効果があります。扇風機を併用して室内の空気を循環させると、設定温度が多少高くても涼しく感じられます。夜間もタイマーなどを活用し、つけっぱなしにして睡眠中の熱中症を防ぎましょう。
    • 日差しを遮る
      遮光カーテンやすだれを活用し、直射日光が室内に入り込むのを防ぐだけで、室温の上昇を大幅に抑えられます。

    水分補給:習慣で飲む仕組みを作る

    • 1日1.2~1.5リットルを目標に
      飲み物から1日に1.2~1.5リットルの水分を摂ることを目標にしましょう。
    • 「喉が渇く前に、時間で飲む」を習慣化
      高齢者は喉の渇きを当てにできません。そこで、「朝起きたら一杯」「食事の時に一杯」「お薬と一緒に一杯」「寝る前に一杯」というように、生活の決まった行動と水分補給をセットにして習慣化させましょう。
    • 何を飲むか
      基本は水や麦茶で十分ですが、汗をかいた後には塩分も補給できるスポーツドリンクや経口補水液が有効です。ご家庭で簡単に作れる経口補水液のレシピ(水1L、砂糖40g、塩3g)を覚えておくと、いざという時に役立ちます。

    情報活用と生活の工夫

    • 涼しい服装を
      吸湿性・速乾性に優れた、ゆったりとした明るい色の衣服を選びましょう。
    • 「熱中症警戒アラート」を活用する
      環境省が発表する「熱中症警戒アラート」は、メールやLINEで受信できます。アラートが出た日は特に注意深く様子を見る、外出を控えるなどの行動につなげましょう。

    熱中症の重症度と対処法:いつ医療機関に相談すべきか

    万が一、熱中症が疑われる症状が出た場合、その重症度を正しく見極め、迅速に行動することが重要です。日本救急医学会では、熱中症を重症度に応じて3段階に分類しています。ご家庭では、この分類を「何をすべきか」の行動指針として理解してください。

    • I度(軽症):現場での応急処置
    • 症状:めまい、立ちくらみ、筋肉のけいれん(こむら返り)、大量の汗など。
    • 対処法:すぐに涼しい場所(エアコンの効いた室内など)へ移動し、衣服を緩めて体を休ませます。水分と塩分(経口補水液やスポーツドリンク)を補給してください。この段階ではご家庭での対処が可能ですが、回復しない場合は注意が必要です。
    • II度(中等症):病院への搬送が必要
    • 症状:頭痛、吐き気・嘔吐、強いだるさ(倦怠感)、集中力の低下など。
    • 対処法:この段階は、体が限界に近づいているサインです。ご自身での回復は難しく、医療機関での治療が必要となります。この症状が見られたら、迷わず当院のような医療機関にご相談ください。
    • III度(重症):入院・集中治療が必要
    • 症状:意識がない、呼びかけへの反応がおかしい、けいれんを起こす、体が非常に熱いなど。
    • 対処法:命に関わる緊急事態です。ためらわずに救急車(119番)を要請してください。

    私たちが目指すべきは、II度(中等症)の段階で適切な医療介入を行い、III度(重症)への悪化を防ぐことです。この「中等症」の段階こそ、私たちかかりつけ医が最も力を発揮できる、重要な治療のタイミングなのです。

    なぜ「点滴」が有効なのか?~経口補水が困難な時の、医師による迅速な介入~

    「水分補給が大事なのはわかったけれど、吐き気があって飲めない」「ぐったりしてコップを持つ力もない」。II度(中等症)の熱中症では、まさにこのような状況に陥ります。

    この時、最も迅速かつ効果的な治療法が「点滴(静脈内輸液)」です。

    • 速さと確実性
      点滴は、水分と電解質(ナトリウムなど)を消化管を通さずに直接血管へ送り込みます 38。これにより、飲んだ水分が吸収されるのを待つことなく、瞬時に全身の血液量を回復させ、脱水状態を改善することができます。
    • 状況に応じた最適な治療
      吐き気や嘔吐がある状態で無理に水分を飲ませると、誤って気管に入ってしまう「誤嚥」のリスクがあり大変危険です。このような状況では、点滴は単なる選択肢ではなく、必要不可欠な治療法となります。
    • 医学的な精密さ
      私たち医師は、患者様の状態を診察し、血液中のどの成分がどれだけ不足しているかを判断した上で、最適な種類の輸液製剤(生理食塩水やリンゲル液など)を選択します。これは、市販のスポーツドリンクでは不可能な、精密な医療行為です。

    重症化して意識障害やショック状態に陥った場合は、救急病院での高度な治療が必要です。しかし、その手前のII度(中等症)の段階、つまり「意識ははっきりしているが、ぐったりして水分が摂れない」という多くのケースで、私たちのようなクリニックが迅速に点滴治療を行うことで、重症化を防ぎ、入院を回避することができます。特に当院では、通院が困難な方のために24時間365日体制で訪問診療を行っており、ご自宅でこの点滴治療を行うことも可能です。

    迷ったら、まずはお電話ください

    この夏、ご家族の「いつもと違う」という小さなサインを決して見逃さないでください。その直感は、多くの場合、医学的に正しい危険信号です。

    このコラムでお伝えしたかったのは、不安ではなく、知識という力でご家族を守っていただきたいという想いです。熱中症のサインを知り、いざという時に誰に相談すればよいかを知っておくことが、何よりの安心につながります。

    もし、チェックリストに当てはまる症状が見られたり、特にご本人が自力で水分を摂れない状態になったりした場合は、「様子を見よう」とは思わずに、どうか私たちにご相談ください。

    すみだ両国まちなかクリニックは「断らない医療」を実践しています。皆様のご心配が、お電話をいただく十分な理由です。外来でのご相談はもちろん、通院が難しい場合には、私たちの訪問診療チームが24時間365日体制で対応し、ご自宅での診察や点滴治療も行います。

    一本のお電話が、ご家族の健康と安心を守る大きな一歩になります。

WEB予約WEB予約
LINE公式LINE公式
電話する電話する